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 管理人:「しよた」の簡単な(と言いながら結構長い文章ですね)プロフィールです。しよたの名前の由来は至って簡単です。日本在住時に高校時代からつき合っている腐れ縁の悪友連中と良く酒を飲んで、お互いの近況を語り合っていた事が多々あるのですが、私は悪友連中の中ではよく飲む方何ですね・・・そこでチラッと言われた事が

 「お前は死ぬほどよく飲むたわけな奴だなあ!」

 上記の言葉なのです。その頭文字を取りまして・・・

 
:死ぬほど
 
:よく飲む
 
:たわけな奴

 これで私のハンドル名が決定してしまった訳なんですね。ちなみに「たわけ」と言うのは、名古屋弁でして、標準語では「お馬鹿ちゃん」ぐらいの意味合いです。三河弁になりますと「た~け」になります(^_^;

 大学時代には、私の祖父が酒屋をやっている事もあって、友人一同からは「さかや~」と呼ばれていたので、ネットを始めた頃はずっと「SAKAYA」のハンドルネームでいろいろな掲示板に書き込みをしていましたが、私の出身大学は関東にある某T大学なので、愛知県からですとちょっと距離があります。故にやはり大学の友人とは会う機会が非常に少ないので&祖父が酒屋をやめた事もあり「SAKAYA」のハンドルとは縁がなくなってしまいました。故にそれ以後はすべて「しよた」のハンドルで皆さんの掲示板に書き込みをしていこうと言う事になったのです。


ハンドル名 しよた(SIYOTA)
現住所 中華人民共和国江蘇省南京市
日本の住所 愛知県碧南市(2010で分かるかな?)
年齢 まだ若い!(と思っているが・・・)
性別 正真正銘の男(^_^;
職業? 貧乏社会人(と言いつつ南京ニートとも呼ばれる事あり)
趣味 アマチュア無線・パソコン・古典音楽鑑賞
中国語能力 まだまだ下手くそです
英語能力 最近ずいぶん忘れてきました(元々喋れないとも言う)
一言 皆さん!是非南京に遊びに来てください!



 事の始まりは2001年の夏の話なのですが、私の高校時代の友人(今でも付き合いがある悪友)に野暮用があり、彼が勤めている会社に行った事がきっかけでした。当然なのですが、彼の勤めている会社に行くのは初めてでして、何処に何があるかはさっぱり分かりません。とりあえず、そこの会社の作業服を着ていた人に「**君いますか?」と聞いてみたのです。しかし何故か全く言葉が通じない!この人は外国人なんだ・・・と思いながら、顔立ちが日本人とそっくりだったので、てっきり最初は日系ブラジルだと思っていました(^_^;

 いくつかの質問をしても言葉がほとんど通じないので、その人との会話をあきらめて、別の人を捜しました。次に「**君いますか?」と聞いた人は日本人で、きちんと場所を説明してもらい無事に友人に会うことが出来ました。これが事務所に直接行ってたら、今の私は無かったかも知れませんね!でも普通は最初に会社の事務所に行くよな(^_^;

 ここからが、今考えると非常に有意義だった事の始まりです。

 私の友人が「今日の夜は有志で宴会をやるからお前も来ないか?」と誘ってくるのです。私はご存じの通り宴会大好き人間ですから即座にOKの返事を出しました。場所は友人が勤めている会社が契約しているアパートです。しかしよく考えると、私みたいな部外者が入っていいのか分からなかったので多少の不安はありましたが、友人は「何も問題ないからおいでよ!」と答えてくれたので、その宴会場所にお邪魔することにしました。中に入っていくと・・・あら吃驚!その部屋にいた人の中に・・・なんと!私が最初に友人を訪ねる時に何処にいるか聞いた人ではありませんか!

 友人に「あの人は日系ブラジル人?」と聞きましたら、その人は中国人研修生と言うことが判明!その当時、私は中国語なんて全く喋れませんでしたが、とりあえず

 「ニーハオ」

 この一言だけ言いました。向こうも片言の日本語で「こんばんは!」と言ってくれました。その後は私自身が勝手に思っている事なのですが、見ず知らずの方と打ち解ける為(コミュニケーション)の最大の武器は、何と言っても「お酒!」ですね!これで一気に彼(を含めた他の中国人研修生)とも打ち解けることが出来ました。その人こそ、私が初めて中国旅行に行った時(南京旅行:2001年12月末)に非常にお世話になった「余さん」だったのです。彼は私より一回り以上年齢が上でしたが、妙に気が合いまして、それから友人がいなくてもちょくちょく彼の住んでるアパートに遊びに行くことになったのです。

 別の日に余さんのアパートに遊びに行くと、余さん以外にやはり中国人研修生の方がもう一人いました。その人は「莫さん」と言うのですが、彼は余さんより半年遅れで日本に入国したそうです。ですから余さんより半年遅く帰国するんですね。もちろん莫さんとも酒を味方に意気投合してしまったと言う事は・・・言うまでもありません(^_^;

 そんな余さんも、日本での研修を2001年10月に終え、南京に帰ることになったのですが・・・彼が帰る前に私に対して「是非南京に一度遊びに来てくれ!」と私に語りかけてくるのです。日本でいろいろお世話した&お世話になった以上は行かないわけにいきませんね(^_^;



 余さんが南京に帰国したのが2001年10月下旬です。私が友人と南京に行こう決めたのが11月上旬です。友人から年末に南京に行こうと誘われまして、即答でOKの返事を出したのですが・・・ところがパスポートの有効期限を確認すると、その当時所持していたパスポートの有効期限が・・・何と残り4ヶ月(12月末の入国時に対して)しかありません。その当時中国に行くには入国日以降6ヶ月以上の有効期間がないと(さらに観光ビザ所得も必須)NGだったんですね(^_^;

 そんなわけであわててパスポートの申請をしました。以前に私が勤めていた職場の慰安旅行で台湾に行った事があるのですが、それが1997年4月です。この時は年末の航空券が予約できるのか非常に不安でしたが、何とかビザの申請・航空券共々確保できました(^_^;

 やはり初めての中国ですから、何かと不安は付き物です。予備知識でも仕入れておこうとインターネットを使って下調べをしようと思い、Yahooを使って検索しました。そこでヒットしたのが、今でもお世話になっている「南京ドンブリさんのホームページ」です。南ドンさんは当時南京大学の大学院生で南京に3年ほど住んでいました。失礼とは思いながらいきなり個人メールを出しまして・・・しかし快くいろいろアドバイスをいただくことが出来ました。ホントにお世話になりました。現在も非常にお世話になっているので「お世話になりました」ではなく「お世話になっています」の方が適切な表現ですね。

 いざ中国に足を踏み入れてみると・・・あまりのギャップに吃驚することばかりです。



 続いて中国(今回も訪問先は当然南京)に行ったのが2002年8月です。上記でもチラッと紹介した「莫さん」が6月にやはり南京に帰ることになったのですが、彼も私に対して「また南京に遊びに来てくださいね!」としきりに言ってくれたのです。もちろん私の返事も当然OKです(^_^;

 ただ・・・今回は友人を誘っても予定が合わない!と言う事で、中国語が全然喋れないのに1人で海外旅行です。まあ困ったら筆談で何とかなるだろ!と思っていたのですが・・・これが大間違い!莫さんが上海の「虹橋空港」に来てくれるまで、非常に不安と孤独の戦いでしたよ・・・空港ではわけの分からない人に話しかけられる(まとわりつかれる)し・・・(^_^;

 彼はとにかくお酒が強い!乾杯大好き人間(中国人はみんな乾杯大好き?)で、彼が日本にいる間に、私は何回つぶされたことか・・・私も自分自身では結構飲める方だと思っていたのですが、中国人と日本人では胃の中に入ったお酒の分解能力がはるかに違う?肝臓の作りが違う?とにかく連戦連敗です。南京でも当然の如くリベンジをしたのですが・・・やはりかないませんでした(^_^;

 この時も南京に行くことが当然メインでしたが、この時は宴会目的ではなく、観光地巡りに重点を置きたかったので、あらかじめ莫さんに私が行きたい所をリクエストしておきました。ただ私はこの当時南京の地理に疎いので、場所だけリクエストして置いて、巡る順番は当然莫さんに一任です。ついでに常州や上海もいくつかの観光地巡りをお願いしておきました。さすが地元人間!日本人が絶対に行かない様な観光スポットを案内してくれます。もちろん有名史跡諸々も行ったのですが、莫さんが付いていてくれたおかげで、俗に言う「日本人価格」の様な被害に遭わなくて非常に助かりました(^_^;

 この時にも、やはり下調べをインターネットでやっていたのですが、やはりお世話になった人がお見えです。それは「のぶさん」です。「のぶさんのホームページ」を見ると、自己紹介欄に「名古屋市在住」と書いてあったので、私の家の近くだ!と思い、失礼とは思いながら、またまた速攻個人メール(^_^;

 しかしのぶさんはご主人の仕事の都合で上海に住んでいました。しかしアドバイス諸々を非常に親身になっていただきましたので、やはり非常に感謝しています。のぶさん夫妻は現在も上海に在住で、私が上海に行った時はいつもお世話になってます。




 1人で行った中国なのですが・・・自分の中国語能力の無さを痛感!旅行に行く前から少しずつ独学で勉強(と言える物ではないけど)をしていたのですが・・・これではいかん!と真面目に気合い入れて勉強する事にしました。それを決心したのが2002年10月ぐらいです。ところが語学学校に通うにも仕事と両立?時間が合わない!NHKなどの中国語会話は途中からなのですでに私にとってはハイレベルで付いていけない!近くの中国人飲み屋に通うには、どんな言葉喋っても「上手!上手!」と褒めてくれるだけで勉強にならない+お金がいくらあっても足らない・・・

 そんな訳で、どうやって勉強しようかなあ?と悩んでいた所・・・何と!偶然でしょうね。私の職場に中国人の研修生が来たではありませんか!それも上海にある復旦大学日本語学科卒で、その当時名古屋大学に語学生として来ていた蘇州人(名前は本人の希望により伏せておきます)です。

 これは良い機会だ!私が中国に非常に興味があるという事を話して仲良くならねば!と勝手に思い・・・新入社員歓迎会の意味を込めて早速宴会に誘い出したのです。しかし中国人の風潮なのでしょうか?初対面の人には非常に警戒心があるんですね。しかしいつもの如く酒を使って&巧みな?話術でコミュニケーション・・・その後、彼とも一気に打ち解け(結局酒では私が負けましたけど・・・)彼に本題を話した所、あっさり「中国語の先生?OKですよ」の一言が来ました\(^o^)/

 勤務時間は若干違いますが、彼とは毎日顔を会わせることになり、職場の休憩時間を利用していろいろ教えてもらう事が出来ました。なんと!授業料は1日タバコ1箱(もしくはジュース1本)でOK(最初は彼は見返りを期待して教えるのではないから、そんな物は要らない!と固持していたのですが、私が善意でやるからの一言に彼も折れました)だそうです。

 それ以来、私が暇さえあれば彼に単語や文法を聞いて勉強に励みました。おかげで私の中国語能力は飛躍的に?伸びる事になりました。本音を言うと、まだまだ下手くそですけどね(^_^;




 前回(2002年8月)に1人で南京に行った時の面白さを覚えてしまい、再度1人で南京に遊びに行く事にしました。ただこの時は「非典(SARS)」が中国国内で大流行している時です。家族一同は当然大反対&知り合いには中国に行くなんて一言も知らせないで果敢に出発しました。幸いSARSに感染しなかったから良かった物の・・・今考えると非常に大迷惑な奴ですね(^_^;

 何でこんな危ない時期に南京へ行ったかと言いますと・・・理由は2つあります。

 まず1つ目の理由ですが、話は去年の8月にさかのぼりますが、とある日本語の上手な女性を莫さんから紹介されました。彼女の名前は「趙さん」と言うのですが、彼女は以前に東京の某有名ホテルで研修生として働いていた経験があり、その経験を生かして、現在は南京市内の某5つ星ホテルで日本人相手の接客諸々を担当されているそうです。去年の8月に初めて彼女と会ったのですが、その時は日本でお世話した&お世話になった中国人朋友達からひたすら乾杯攻撃を受けていまして・・・その為に彼女と話す機会がほとんど無く、別れ際に今度また南京に遊びに来てくれれば、私が通訳しますから南京観光しませんか?と言われた為です。その一言だけでホントに行く気になるのがいかにも私らしいかな(^_^;

 次に2つ目の理由ですが、日本では一緒に1回しかお酒を飲んだ事がないのですが・・・その為に余り記憶がない方なのですが・・・ところが相手は私の事をしっかり覚えてくれていた様で・・・その方は「呉さん」と言うのですが、彼が日本での研修を終え、南京に帰国したのが2002年3月です。そんな彼に待望の子供が産まれたそうで、お祝いやるから是非来てくれ!と言われたんです。正直1回しか会った事がない人の為に行くのもどうかなあ?と思っていた(この時点では2003年3月上旬)のですが・・・実は仕事の都合で2年間はまともな長期連休を取る事が出来ないぞ!と上司から言われていたので・・・それだったらこの時期(SARS大流行の時期)に行ってやれ!と言う事になり、この危ない時期に訪中を決めたのでした。

 しかしその呉さん、2003年2月に子供が産まれた訳ですよねえ!私を含めた友人一同から「お前は帰国してから相当頑張ったなあ!」と思いっきり冷やかされていました(^_^;

 そんな訳で、この時期に3回目の南京訪問・・・しかしこの時はホントに宴会で終わってしまった様な訪中でした(^_^;

 しかし趙さんにいろいろ中国語についての勉強法やその他諸々を聞く事が出来たので、非常に有意義な訪中だったと思います。何と言っても最大の収穫は、私が日本に帰国してからもオンラインでMSNチャットによる中国語会話教室を開催する事が出来るようになったことですね!

 ただ・・・この趙さんですが、2006年に結婚されまして(相手は台湾人)現在は南京に住んでいません!美人だったので私が欲しかったんですけど(と言う冗談話は抜きにして)最近は連絡取っていません。彼女にも異国の地?で元気に&幸せにやって欲しい物です。




 南京での行事?を終え、上海に戻る途中の電車の中で、偶然にものぶさんから電話がありました。私の携帯電話は、その当時はAUのグローバル携帯でしたから、中国国内でも通話が可能だったんです。ただし後で支払い明細を見て、あまりの通話料金の高さに目が点になりましたけど・・・(^_^;

 上海に着いたら食事でも如何です?とお誘い下さったので、喜んでOKの返事をしました。ちなみに上海へは莫さんも一緒に来てくれています。とりあえず予約をしてあるホテルにチェックイン後すぐにのぶさんと連絡を取り、ホテルのロビーで待つ事に・・・その後のぶさん夫妻とお会いし(ご主人は初めて会う)食事に行きました。

 食事は何故か日本料理(^_^;

 何故かと言いますと、莫さんの希望です。ホテルでのぶさん夫妻を待っている間に、私が莫さんに何が食べたいか聞きますと、莫さんは貴方がわざわざこっちまで来てもらったから貴方の好きな物でOKと言ってくるのです。しかし私としては莫さんに無理言って上海まで来てもらっているので、莫さんの希望の物でOKと言うのです。2人がそうやって言い合っていますから、なかなか決まりません。結局私が強引に莫さんの希望を聞いて日本料理にしたんです(^_^;

 のぶさんのご主人が来るまでホテルまで迎えに来てくれ、その後お勧めの日本料理店へ行きました。ところが・・・SARSの影響でしょうか?店内はガラガラです。店員に聞くとやはりSARSの影響で・・・と言う言葉が返ってきました。結局食べ放題のみ放題コースで1人200元(2800円)弱でした。時間無制限であれだけ飲んだり喰ったり出来る訳ですから・・・やはり非常に安いと思いました。ただ、莫さんは天ぷら(揚げ物全般)が駄目だそうで、それを知らなかった私は、いきなり最初の注文で「揚げ物セット」を頼んでしまいました(^_^;

 この日の昼には南京の農村地区にある「呉さん」の家で死ぬほど飲まされたのですが、それでもまたここで死ぬほど飲んでしまいました(^_^;




 2003年12月の話です。私の知り合い(中国人の研修生を受け入れている会社勤めで、余さんや莫さんもここの会社でお世話になった)が私に対して「おい!中国行かない?」と言ってきたのです。今回は行きたかったのですが、資金&暇が・・・と最初断ろうかと思っていたのですが、やはり友人に会えるのは嬉しい事です。ただ、すぐに気持ちが切り替わり金と暇は何とかなるだろ・・・と言う事で、すぐに私も「OKですよ」と返事をしてしまいました(^_^;

 今回は私を含めて4人での中国行きです。1人を除いて行き先は当然南京・・・私の知り合いも2年ぶりに彼らと会える事を喜んでいます。当然の如く、私が南京の趙さんにメールで連絡→その後は彼らに話が伝わる、と言う順序で向こうにも段取りを組んでもらいました。行かない1人の方は、娘さんが上海にいると言う事で、そっち優先だそうです。そりゃ当たり前か(^_^;

 今回は宿泊先のホテルから南京駅まで日本人のみです。何かトラブルがあったらどうするねん?と同行者の1人が私に言ってきたのですが・・・大丈夫!何とかなります!と、私がでかい事言ったのですが・・・初日の上海で泊まったホテルから夕食を食べに行こうとした時・・・いきなりトラブル!

 夕食を上海で有名な四川火鍋料理屋に行こうとしたのですが・・・道に迷ったんです!夕食に行く時の人数が全部で6人・・・当然タクシー2台で分乗です。私が乗った方は、なんと!私が通訳なんです(店の場所は某さんの娘さんが知っていたのですが、彼女は中国語は何一つ分からない)・・・もう片方は上海人の友人付き!別組はすんなり目的地に到着!しかし私たちは・・・
 とにかく私が中国語で上海人に聞きまくります。言葉はある程度通じたのですが、向こうが道の名前を言ってもそれが何処の道なのか分からない!結局30分遅れで目的地に到着!これには参りました(T_T)

 ただ、某さんが「迷惑かけたね」と言って、夕食全部奢り!これはラッキーでした\(^o^)/

 で、肝心の南京行き、次の日にホテルから上海駅までタクシーで、その後軟坐待合室→乗車となったんですが、ここはさすがにスムーズ!南京駅に着くまで何もトラブルがなかったです。ただ、電車の中での売り子さんアタック?要らないと言っているのにひたすら物を売ろうとする・・・これにも参った(T_T)

 南京到着後は、久々の友人達とご対面!私は8ヶ月ぶりですが、他の人は2年以上ぶり・・・よって、私より懐かしい話に花が咲いていました。もちろん趙さんの通訳があった事は言うまでもありません。その後は中国人朋友による乾杯攻撃!いや~こう言うお酒って美味しいですね!しかしさすがに今回は3人が南京に行った物ですから・・・歓迎の仕方が半端ではありませんでした。1人でも相当歓迎された記憶があるのですが、3人でここまで歓迎されるとは・・・嬉しい悲鳴です!ますますここで友人のありがたさを痛感しました(^_^;

 この頃からだんだん南京で一度生活してみたいなあ・・・と思う様になってきました。




 私が中国の大学へ留学しようと決心させた出来事がありました。2003年暮れ?もしくは2004年正月前後?余り日付は良く覚えていないのですが・・・何気なくテレビを見ていたら

如果日語・英語・漢語的3个語是非常好、活躍于世界各地!

 上記の言葉が目に入ったのです。上記の言葉を日本語に直すと「もし日本語・英語・中国語を非常に上手に話す事が出来るなら世界を股にかけて活躍できるだろう」と言う物です。普通の番組だったらそのまま軽く流すのですが、この番組は各界の著名人達が意見を交わす様な番組らしく(そんな事言う割に未確認)おぉ!これなら信用して良いんじゃあないか?と直感的にひらめきました。早速次の日に職場の研修生に、上記の言葉を説明して意見を伺いました。彼は前のページでも話しましたが、上海の復旦大学卒で相当の切れ者です。彼は私より3つ下なのですが、私が彼の事を師匠と勝手に思っている訳で、いろいろアドバイスを受けたりしています。もちろん日本での習慣の違い諸々は私が彼にアドバイスをしてあげるんです(^_^;

 彼曰く「社会人を経験しないで中国に行くのははっきり言ってお勧めしませんが、しよたさんみたいに社会人をある程度経験されて&ある程度の役職についている方なら、行ってみるのも良いかも知れませんね」との事です。この一言で私の腹の中は決まりました!向こうで失敗しても(駄目でも)日本に帰って来れば良いじゃあないか!そうと決まれば早速実行あるのみ!

 私の性格なのかなあ?思い立ったら即実行!まずは基礎を作ってそれから入念な下調べ!これで今までやってきた物で今更この考えを変えようとは思っていません。さて、何処の大学に行こうか?当然ここでも研修生にアドバイスを求めます。彼はやはり上海を勧めていましたが、私はあえて南京にしました。その理由としましては下記のようなことが挙げられます。

  1. 南京には中国人の友達がいる(困った時は何とか・・・)
  2. 町中を歩いていても上海は上海語!南京は言葉の訛りが非常に少ない!
  3. 上海は日本の物資諸々が非常にたくさんあるそうで、甘えてしまいそう(誘惑に負けそう)

 研修生の彼に南京に行くと説明しましたが、逆にそれなら北京は?と言われました。しかし私は彼に対して、北京は・・・寒い!この一言で速攻却下です。南京は夏は非常に暑いと聞いていますが、私は暑いのは大丈夫なんですね(^_^;

 いずれ上海に移る事があっても、基礎だけは普通話圏で、更に寒くない所・・・と言うのが私の最低条件でした。よって南京に正式に決断した訳です。もちろん彼も協力は惜しまない!と言ってくれた事が非常に嬉しかったです。

 とりあえず退職の意思を上司に伝える事に

 私 「局長、実はかくかくしかじかで、職場を退社させていただきたいのですが」
 上司「アホかお前!安定した職を捨てて何で中国に行くんだ?却下却下!」
 私 「却下と言われても・・・もう決心しました。苦労があるのは分かってます」
 上司「駄目!認めない!お前がいなくなったら、誰が代わりをやるんだ!」
 私 「すみません!退社の手続きをお願いします!」(と同時に辞表を提出)

 結局最後まで局長はいい顔をしませんでしたが・・・総務の方に私が強引に頼んで退職決定!安定した職業から、一気にプータローです。この職場も7年半・・・いろんな事がありましたが、良くやった物だなあ(^_^;

 こうしていよいよ南京大学に留学する事が決まった訳です。なお、留学手続き等は在職中に一部の項目を除いて自分でやってみました。もちろん南京在住の朋友達の協力があってスムーズに出来たのは言うまでもありません(^_^;




 う~ん、やはりいろいろ苦労がありますが、何とかやってます(^_^;

 このページは2008年11月にリニューアルしたわけですが、それ以後でも逐一更新しようかなあと思ってますよ。まだまだ非常に下手くそな普通話ですが、友人にも恵まれ・・・コミュニケーションも何とか出来ています。

 とりあえずもうしばらくはここに居座るつもりです!もちろん以前からの友人達との交流もしっかり続けています!友人が日本滞在時に言葉の壁の問題等で言えなかった話が、現在はいろいろ出来る様になってます。やはり持つべき物は友人ですね!と改めて痛感している次第です。

 そんなわけで、私が南京に来た理由をつれづれもなく書きまくりました。最後まで読んでくれた方々には非常に感謝しています。謝謝!






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